Translate

アメリカ生活回想記5:カリフォルニア、ノースリッジ2012,13年

こんにちは
今日は留学生活の回想記として、カリフォルニアにいた最後の2年間の話をします。
日本にいた時、バスケのコーチをしていて、バスケの事しか考えてなかったし、知りませんでした。でも、勉強するにつれて、自分はスポーツに関わっているのに身体の事を全く知らない事に気づき、そして、運動生理学を勉強し始めます。(写真は卒業式の時のものです。California State University NorthridgeなのでCSUNなんです)

アメリカでアメリカ人と対等以上に見られるには、いろんな方法があると思います。例えば、「面白い」ってのもとても強い武器です。僕はその武器を「知識と能力」に絞る事にしました。おもしろおかしく話して人を引きつけて上り詰めて行く、なんて能力は自分にはなかったです。ですが、努力するのはできたし、なんし、自分のやっている事が好きでした。誰よりも勉強しました。

そして、いろんな経験をしようと決めました。まず、始めにやったのがグループでお年寄りなどに運動を教えるインターンシップでした。当時、まだ、英語に自信がなかった僕にとって、英語で面接を受けるなんて、とても高いハードルでした。恐怖と不安以外何もなかったです。さらに、入ったら、50人以上の前で、いきなり、舞台に立って、上半身の運動を一つ教えろ、考えていると3秒ぐらい前になってやっぱ下半身、とか。そんなアドリブが必要な事を一杯やらされました。当時はその団体が出来てすぐだったので、組織としてあまり機能していなく、無茶ぶりの連続でした笑。でもその中で、前日に何時間も練習して、まるですらすら喋れているフリをしたり、恥をかいて悔しい思いをして、そんな毎日でした。

そのうち、研究やアスリートに興味が沸き、運動発達というのとバイオメカニックスという分野の研究助手のインターンをしました。さらに、地元の公立高校でストレングスコーチのインターンをしました。授業との両立は本当に難しかったですが、毎日新しい事を学ぶのがとても刺激的でした。教授達にもいい教授ばかりに出会って、毎日教えてもらっていたし、助けてもらっていました。(写真は自分が被験者になって研究を試す、パイロットの時のものです)



アメリカでは、即戦力しかあまり必要とされておらず、大学卒業証書なんて別にただの紙で、その他に何が出来るかが、必要となってきます。さらに、大学卒業後自分のやりたい事をやりたかったり、アメリカに残りたかったら、人より勉強するのは当たり前だし、いい成績を前提として、その上何が出来るか、というのが大事になって来ます。だって、みんな夢を持って、みんな上に上り詰めたい。でも上に行けば成績が良いなんて、みんななんです。GPA3.5以上あります。はい、だから?なんですよね。そのレベルではみんなそうですから。こんな大事な事を学んだのも先輩からでした。自分は本当に伸びるのに必要な時に必要な人に巡り合わせてもらっていました。

僕は、偉そうに今、アスレチックトレーナーみたいな国会資格ももっていないのに大学院2年間ずっと授業料も払わず、それどころか給料ももらってアメリカで生活させてもらってきました。でも、結局、他の人と自分の差なんてほとんどないんですよね。特別勉強できるわけでもないし、経験がすごいわけでもない。英語もアメリカ人と比べたらまだまだ。でも、他の留学生と絶対違うのは、人よりも勇気を振り絞っていろんなものにぶつかってきたし、他の人より恥をかいて来ています。みんな通る道かもしれませんが、それを3年かけて恥をかくのか、半年で恥かいて3年分の経験するのかは自分次第だと、そういう事を気づかせてくれる人、そうするように背中を押してくれて来た人たちに出会ってきました。留学を考えている人はぜひ、自分が本当に何がやりたくて、何をすべきなのかを考えてみてください。何かのお役に立てればと思い、語ってみました。

0 件のコメント:

コメントを投稿